武田勝頼・英雄たちの選択「真田丸にも出てきた新府城、岩櫃城、岩殿城3つの山城」


2018年11月8日に放送された「英雄たちの選択、戦国最強・武田はなぜ滅んだのか?」は2016年NHK大河「真田丸」を見ていた方にはとても興味深い話だったと思います。武田家の最期の当主・武田勝頼の山城をめぐる最期の決断の物語です。

私も一年間ブログを書くほど大好きだった「真田丸」。

甲斐国の戦国大名・武田信玄が亡くなり、通常では後を継ぐことのない4男の武田勝頼(諏訪 勝頼)が武田家を継ぐことになります。武田勝頼は歴史的にはちょっと前まで暗愚っぽくいわれていた人物でしたが、最近では様々な研究がされて再評価されている人物ですね。

武田勝頼の家督相続が元亀4年(1573年)、
長篠の戦いが天正3年(1575年)、

勝頼は信玄なき武田家にあり、短い時間のなか東美濃の織田領に侵攻し明知城を落とし、遠江の徳川領に侵攻し信玄が落とせなかった高天神城を陥落させました。しかし長篠の戦いで織田&徳川連合軍に負け、その後武田領に迫る織田軍、徳川軍の中、武田勝頼は最期の決断をしなければならなくなります。

天正10年(1582年)の事でした。

新府城、岩櫃城(いわびつじょう)、岩殿城、3つの山城のどこで敵を迎え撃つのか、どの山城に籠城するのか、頼りになるのはどの山城の城主なのか?またそれぞれの山城の形、配置やまわりの地形など戦術的価値、場所的にどの他国に近く有利なのかなど様々な情報から当主である武田勝頼は決断しなければなりませんでした。

・新府城  <城主は武田勝頼>

(現住所:山梨県韮崎市中田町中條 新府城 本丸跡)

・岩櫃城  <城主は真田昌幸>

(現住所:群馬県吾妻郡東吾妻町原町 岩櫃城 本丸跡)



・岩殿城  <城主は武田の重臣・小山田信茂>

(現住所:山梨県大月市賑岡町畑倉 岩殿城跡)

番組では武田勝頼が最期の戦いに挑むまでの足取りを色んな情報をもとに見せてくれました。ドラマ仕立ての時もありましたし、先生たちの解説や議論も聞けてまるで軍議の場にいるような気持ちにしてくれました。決断するまでの勝頼の苦悩を身近で見ているような気持ちにもしてくれました。

番組には真田丸で時代考証だった平山優先生や真田丸城郭考証の千田嘉博先生も出演されていて、千田先生が実際に3つの城に訪れて解説して下さったり、現地の地形や風景を画面を通して見れたのはとても興味深かったし、面白かったです。司会の磯田道史先生やコメンテーター陣の「どの城に自分なら行ったか」という議論はとても楽しかったです。

歴史的事実としては勝頼は残念ながら岩殿城を選び小山田信茂の裏切りを受けますが、もし真田昌幸の岩櫃城に籠もって武田勝頼&真田昌幸で織田信長&徳川家康と戦ったらどうなったか、どんな戦いをしたか・・この戦いを見たかったです。

武田が滅びてから3ヶ月で本能寺の変となりましたが、そうした事実も変わっていたかも知れませんね。嫡男・武田信勝が逃げ延びたらその後どうなったか・・色々考えてしまい興味は尽きないですね。

今回の「武田勝頼・英雄たちの選択」を見て面白かった方でまだ真田丸を視聴していない方はNHKオンデマンドで見れるので是非お勧めしたいです。哀しいお館様・武田勝頼や真田昌幸、小山田信茂、新府城、岩櫃城の話が第1話から出てきます。武田勝頼と真田昌幸は同年代なんですよね。私もそのあたりの事を自分のサイトで書いているので良かったら読んでみてください。

⇒ 真田丸らぶりぃ通信

久しぶりに新府城、岩櫃城、岩殿城のお話を見れて本当に楽しかったです。いつか現地に行きたいです☆最後までお読みいただきありがとうございました!

<英雄たちの選択、戦国最強・武田はなぜ滅んだのか?

司会:磯田道史(歴史学者)、杉浦友紀(NHKアナウンサー)

出演・コメンテーター:千田嘉博 、平山優、飯田泰之


スポンサーリンク

スポンサーリンク




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする